ジョン・ソープル、BBC北米編集長
「チーム700!」と院内スピーカーから呼び出しが響く。急変対応チームが今すぐ必要だという意味だ。ニューヨーク市クイーンズ地区のエルムハースト病院で、誰かが心肺停止状態になったのだ。
いつもなら、「チーム700!」と呼び出しがかかるのは、せいぜいが週に一度あるかないかだ。しかし昨日は、12時間シフトの間に9回、「チーム700」が呼ばれた。私が話を聞いた若い医師によると、急変した患者は誰も助からなかった。
話をしてくれた若い医師は、救急診療にいる研修医の1人だ。新型コロナウイルス大流行の震央のそのまた中心になってしまったこの病院で連日、悲惨な光景を目にしている。医者としての訓練は受けてきたが、これほどの事態に直面する、その心構えはできていなかったという。
病院のベッド数は282床。病院経営陣の最新メールによると、そこに今や500人以上の患者がいる。
そして正式にそう指定されたわけではないが、エルムハーストは事実上、アメリカで最初のCOVID-19(新型コロナウイルスによる感染症)病院だ。確かに救急病棟はまだ機能しているものの、COVID-19以外で入院した患者は全員、転院させられた。ここでは、息ができずにあえいでいる人のみ、ベッドが与えられる。
新型ウイルス感染拡大が始まった当初は、貧困地区にあるこの病院にやって来るのは、自分は元気だが心配なので……という人ばかりだった。
それが今では、来院者は全員、病気だ。本当に、とても、具合が悪い人たちばかりだ。患者の半数は正式な入国手続きをしていない移民で、英語ができない。レストランの従業員であり、ホテルの客室清掃員だ。そういう人たちだ。インターネットの情報には「つながって」いない。感染予防に他人と適度な距離を保ちましょうという「社会的距離」の呼びかけは、この人たちに届かなかった。
そういう人たちが集まる病院の救急外来は、大変なことになっている。30代前半の研修医によると、運ばれてくるほとんど全員が、気管挿管を必要としている。人工呼吸器が必要なのだ。いつもならそれは集中治療室(ICU)の仕事だが、ICUはとっくに手一杯だ。
救急患者には、血圧を維持する薬も必要だ。それはいつもなら専門の看護師の仕事なのだが、看護師が足りない。なので、専門訓練を受けていない人間がやらなくてはならない。
「必要な手当てを受けられない患者さんが何人もいるのに、心配しないわけにいきません」と、研修医は言う。
COVID-19にかかるのは、高齢者だけではないと彼女は強調する。
「基礎疾患のない30代や40代の患者もいます。そしてまた、先日は家で転んで骨折した90歳の男性が運ばれてきましたが、この人も新型コロナウイルス陽性でした。症状は出ていないんですが」
実によく分からないウイルスだ。
病院がそもそも装備していた台数の倍の人工呼吸器が支給されはしたが、すでに全て稼動している。もっと必要だ。今ある人工呼吸器は全て使用中で、感染者増加のピークはまだ数週間先の見通しなのだ。
そして、人工呼吸器が必要な全員が必ずしも使えるわけではない。呼吸器不足の状況について話すとき、彼女の声はすっと小さくなる。
私がこの研修医と話をしたのは、彼女が12時間勤務を終えて帰宅した後のことだ。共通の知人が間を取り持ってくれた。
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シフトを終えて帰宅して、洗濯機を回し始めて、食べるものを用意して、身の回りの用事を多少済ませてから、それから電話します――。彼女は私にそう言った。
生きるか死ぬかの緊張感に満ちた職場。そして、平凡な日常のささいなあれこれ。この両方が、彼女の暮らしでは隣り合わせにある。
自分自身については特に怖くはないと言う。
「自分が病気になることは心配してません。私は大丈夫。若いし、健康だし。先週ちょっと喉が痛くて、もしかするとかかっていたのかもしれないけど。でももっと年上で、もっと複雑な病歴を抱えている医療者たちは、とても不安がっています」
実際、彼女の同僚の十数人が、体調を崩している。
エルムハースト病院の状況――数字で
- ニューヨーク市全体でこれまでに少なくとも4万7500人の感染が確認された。しかし市内での発生は均等ではなく、地区によって偏りがある
- クイーンズ区のエルムハーストとコロナの両地区は市内でも特に被害が深刻で、3月31日の時点でそれぞれ831人と947人の感染が確認されている
- コロナ地区の世帯年収中央値は約4万8000ドル(約520万円)。市内の中央値約6万ドル(約650万円)よりかなり少ない
- エルムハーストやコロナ地区のあるクイーンズ区は労働者が多く住み、市内でも特に感染者が多い。地元紙ニューヨーク・タイムズによると、住民10万人につき616人の感染が確認されている
- これに対して富裕層の多いマンハッタン区やブルックリン区では、10万人につきそれぞれ376人と453人が感染している
通常なら、相手が感染症の患者かもしれないと思えば、医療スタッフは個人用防護具(PPE)を身につける。そして、その患者の診療が終わればPPEを脱ぐし、使い終わったPPEは焼却される。しかし今のエルムハーストでは、まずPPEを身につけることからシフトが始まり、1日中ずっと着けたままだ。診察する全員が感染しているのだから。
1日中ずっと着ているからという、それを理由に、PPEの不足はやや緩和された。新型ウイルスとの戦いでこの病院が国内初の最前線となり、大きく注目されたことで、備品はしきりに届くようになった。それでも若い研修医は、ひとつのN95マスクを、数日は使い続けなくてはならないのだという。
だとすると、近所のほかの病院は? 必要な備品は手に入るのだろうか。
自分の周りで起きているのがいったいどれほど巨大な出来事なのか、じっと考える余裕はあるか尋ねてみる。
「少しは」と医師は答える。けれども今の事態の意味をじっくり熟考するのは、おそらくもっと先のことになる。今はともかく自分の仕事をして、できるだけ大勢の命を助けることに集中しているのだから。
彼女がこう言うのを聞きながら、私はふと連想する。もし山道で車を運転していてブレーキが効かなくなったら、人間存在の移ろいやすさについて内省などしている余裕はない。ともかく無事に山を降りようと、必死だからだ。
しかしこの女性は、穏やかに落ち着いている。自分のキャリア以上に速く、ベテランになることを求められて。
やがて少しずつ、何が本当に大変なのか、具体的な話をしてくれるようになった。そして、自分が経験したことはいずれ、その中身をしっかり振り返らなくてはと、そう認める。
「私が一番不安になるのは、人工呼吸器を誰に使うかです。患者さんが亡くなる、そのこと自体が問題なのではなく。死を前にしてどう対応するか、私たちは訓練されてますから。亡くなる人数も同じです。それよりも、いつもなら諦めない患者さんを諦めなくてはならない、それが問題なんです」
高齢者介護施設から搬送された男性患者について、話してくれた。到着の時点ですでに人工呼吸器がつながれていて、「慢性的に呼吸器が必要」な状態だった。回復の見込みは最初から決して良くなかった。けれどもこの時の彼女には、目に前にいる患者よりも、そこにある人工呼吸器しか見えなかった。
「あのとき私たちはあまりに、人工呼吸器がどうしても欲しくて。必死で。あの人を呼吸器から外したい。そればかり思ってしまった。ほかの人に使いたくて。あの患者さんから外したかった」
医者としてのキャリアの入り口で、まさか自分が神を演じることになるとは。若い彼女は、こんな事態はまったく予想していなかった。
感染対策
在宅勤務・隔離生活
(英語記事 Coronavirus: The young doctors being asked to play god)
"ニューヨーク" - Google ニュース
April 04, 2020 at 09:16AM
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ニューヨークの若い医師、いきなり神の役を振られ 誰を救い誰を諦める - BBCニュース
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