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頼るべきパートナーがいないシングルマザーにとって、新型コロナウイルスの広がりの下で日常生活を続けることは、経済的・精神的な負担が人一倍重くのしかかる。
新型コロナウイルスの感染が広がるニューヨークに住む日本人のシングルマザーの間では、感染が疑われる症状の出た恐怖を体験した人や、子どもを家に残して働きに出る不安と闘い、中には最悪の事態を想定して遺言を書いた母親もいる。それぞれ、ただならぬ覚悟や危機感が漂う。
「そうした人たちが助け合い励まし合う会をつくりたい」
州認定心理療法士の資格を持つ現地在住の青木貴美さんは、シングルマザーに寄り添う活動を続けてきた。感染拡大を防ぐために他人との接触や外出が一層制限される中、母親たちが孤立感を深めぬよう、つながる大切さを訴える。
平和な日常は奪われたが、つながり合い、絆を確かめ合いながら「一人親でも独りじゃない」と声を掛けていく。
都市封鎖の街で1カ月ぶり「再会」
4月12日、「ニューヨーク日本人シングルマザーの会」の集まりが約1カ月ぶりに開かれ、13人が参加した。集まると言っても、感染対策で厳戒態勢が敷かれている状況とあって、Zoomを使ったオンラインでの顔合わせとなった。
「毎年この時期は桜がきれいで。本当ならお花見をしながら会っているはずだったんですけどね」と主催者の青木さんは残念そうに話す。
4月12日はまずお互いの無事を確かめ、喜び合った。前回会ったのは3月1日、ちょうどニューヨークで最初の感染者が確認された日で、「その頃はニューヨークがこんな風になるなんて思ってなかった」。情勢はみるみる悪化して街は一変、多くの店が閉まり、思うように外出もできなくなった。都市封鎖の様相を呈している。広がる新型コロナウイルスによって、メンバーの生活は劇的に変化してしまった。
目の前にある「コロナ感染悪化の恐怖」
事実上の外出禁止令状態にあるニューヨーク(4月14日撮影)。
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「振り返ってみれば、多分コロナにかかっていました。軽かったんだと思う」
12日の会でそう神妙な面持ちで語り出したメンバーがいた。感染が広がった3月、ある日突然、味やにおいを感じなくなった。味覚などの喪失がコロナ感染の特徴の1つだと騒がれ出していた頃だが、熱など他の自覚症状はなかったという。
感染したと確信は持てず、しばらく自宅で様子を見ることにした。
仕事、家事、育児をこなしつつも、心の中には常に不安が重石のように残る。
「もしかかっていたら、入院することになったら、小学校高学年の娘の世話を誰がしてくれるのか。私が死んだらどうなるんだろう……」
恐怖が常に頭の中を駆け巡り、薄氷を踏む思いで日々をつないだ。幸い数日で味覚も嗅覚も元に戻り、事無きを得た。しかしその間は文字通り生きた心地がしなかった。
ニューヨーク市民もマスクを着けるようになった。
撮影:南龍太
市内だけで数百人の犠牲者が出る毎日、時には身近な人が亡くなったという知人の話も聞く。感染者は市内だけで12日時点で10万人を超えており、明日は我が身という危機感が常にある。他人事ではいられない。
4月12日の会合も、冒頭から新型コロナウイルスの話題で持ちきりだった。
「感染してから急に容体が悪化して死ぬ、みたいな話も聞くし。超怖いよね」
連日伝えられるコロナ感染の悲惨さを目の当たりして、死がすぐ近くにあるものと感じるようになっていた。
「自分が倒れるわけにはいかない」という使命感とも恐怖感ともつかぬプレッシャーと向き合い、「もう疲労が限界」といった悲鳴も聞かれた。東京などに比べ、いまニューヨークでは感染、そして死への恐怖をより感じやすい環境にある。
そして彼女は遺言を書いた
4月11日のニューヨーク・マンハッタンの風景。
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会合を前にメンバーに最近の困り事を募ったところ、重々しいメールが青木さんに届いた。
「困ったことは、何と言っても一人親であることの心配です。もし私がコロナで倒れたら、中学生の息子の面倒を誰が見るんだろう……」
そう綴った母親は、最悪の事態を見越して遺言を認めた。
ほとんどのメンバーは日本の故郷を離れて久しく、両親など親族が近くにいない、寄る辺のない存在だ。
米国では遺言がない場合、生前の預金を実子であってもすぐに引き出せないなど不自由が伴う。死亡後、正当な相続の権利が生じるまでに数年かかることもある。
ルーズベルト島からの夕陽。4月13日撮影。
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ただその母親は、いざ遺言を準備しようにも、関連機関の業務停止や縮小、外出規制などで思うように手続きが進まないといった壁にぶつかっていた。何より「米国で信頼できるwitness(連署する証人)を探すのが大変」だと漏らす。
そのメンバーは最終的に息子の実父方の親戚に頼んだと言うが、「子どもがお父さんとつながっているとか、別れた両親がいい関係を続けているとか、必ずしもそういう人ばかりではない」と青木さんは案ずる。
遺言書作成という手段さえ考えねばならないようなニューヨークの母親たち。
「本当に、人工呼吸器を着けた自分を想像したりもした。最悪自分が死んじゃった場合、子どもを誰が見てくれるんだろう……」
そうした不安、恐怖、切迫感はメンバーに共通しているという。
「エッセンシャルビジネス」に就くシングルマザーの悩み
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他の共通点として、「経済的にゆとりがある人は多くない」と青木さんは説明する。
米紙ニューヨーク・タイムズによると、シングルマザーのおよそ半数は年収3万ドル以下の生活をしている。ニューヨークでは、新型コロナウイルスの影響を受け、3月中旬以降多くの職種で在宅勤務が義務付けられ、在宅が難しい仕事では休業、失業が急増した。市が提供するSNAP(Supplemental Nutrition Assistance Program)という低所得者用の食料配給制度を利用する人も少なくない。
シングルマザーの会にそこまで生活に窮している人はほとんどいないが、程度の差こそあれ皆口々に苦労を語る。
メンバーの中には、医療機関など必要不可欠な「エッセンシャルビジネス」に指定された職業に就き、例外的に外に働きに出ている母親もいた。中学生の子どもは学校が閉まっているため、やむなく家に残す。その間、先月始まったリモート授業に出席するが、きちんと取り組んでいるかは把握できず、心配だという。子どもは必然的にタブレット端末やスマホを眺める時間が増え、孤独にさせていることを申し訳なく感じる。
他にも、「在宅勤務で職場とオンラインでつないで会議をしている最中に、子どもが横で大声を出して困った」とか「子どものリモート授業のサポートをしながら、在宅勤務はとても無理」といった苦労から、「もう不安で不安でどうしようなくてパニック発作になった」といった悩みまで、新型コロナウイルスの影響は確実に母親たちの体力、精神を擦り減らしていた。
閑散としたニューヨークのターミナル駅、以前は人がごった返していたが、今その喧騒はない。
撮影:南龍太
ちょうど直前の4月11日、ニューヨーク市長が市内公立校の閉鎖措置を6月の学期末まで続けると発表、しかしその数時間後には最終権限を持つ州知事が市長の発表を無効とする不和があった。州と市の足並みの乱れに振り回され、メンバーの間にはため息が漏れる。
例年6月下旬から9月上旬まで、子どもたちは長い夏休みに入る。その間、子どもを泊まり込みのキャンプや日帰りのさまざまなプログラムに参加させる親が多いが、今年は新型コロナウイルスのせいで実施の有無の見通しすら全く立たない。
シングルマザーの会が予定していた学期末恒例の「お疲れ様パーティー」もできそうにない。ただ、会いづらくなっている分、青木さんはより積極的にメンバーにメッセージを送り、励まし合うようにしている。
「つながっていましょうね!(Stay connected!)」
誰かに打ち明けたり、共有するだけで助けになる
会員募集のチラシ。連絡先を記した下部の紙片は持ち帰る人が続出。
青木さん提供
今は感染拡大の最悪期にあるだけに重々しい話題が多いが、基本的に会の雰囲気は和やかで明るい。
「『米国でも日本でも在宅勤務が始まり、一日中家に一緒にいて夫婦仲が悪くなったとかいう話も聞くけど、私たちはそういう心配はないわね』なんて笑い話もします」
と青木さん。
悩みを独りで溜め込まず、誰かに打ち明けたり、共有するだけで気が楽になる。その辺り、青木さんが参加者の気持ちをうまく引き出し、会が終わった後に少しでもプラスになることがあるようにと心掛けている。その差配はファシリテーター(進行役)として腕の見せ所だ。
青木さんはアメリカの大学で心理学を学び、ニューヨーク暮らしは30年を超す。シングルマザーの会は2004年に立ち上げた。その少し前、自身も離婚して子どもと2人きりになった際、同じような境遇の日本人と悩みを共有、相談できる先がなかったのが理由だ。
「アメリカ人」の母親が集まるグループはあったが、「日本語が話せて、日本らしく正月とか季節ごとの楽しみを分かち合えるようなグループが欲しかった。ないなら自分でつくろう」と発起した。
年間の入会希望者は5~10人ほどで、つい数日前にも入会の問い合わせがあったそうだ。
発足当初は、マンハッタンにある日系スーパーの掲示板にチラシを張り出していた。連絡先や入会方法を記した10枚ほどの紙片は、1カ月もすると全てちぎって持ち帰られていた。ネットが発達した今もスーパーでの掲示を続けており、やはり切り取られるので、月に1回は張り替えている。
潜在的な需要はもっとある
中には持ち帰ったその切れ端を「2年間いつも大事に財布に入れ、『いよいよダメだ』という時には連絡しようとお守りにしていました」という入会者もいたそうだ。困窮しながらもギリギリまで自力で踏ん張ろう、もう最後にどうしようもなくなったら頼ろう……。
そのように考える一人親が、潜在的にはもっといることをうかがわせる。青木さんは、
「会員になっても皆が皆会いに出て来られるわけではありません。実際に会ってしゃべることのできる人は、まだいい方です」
と分析する。夫と別れたことを友人や同僚に打ち明けられず、どんどん独りで抱え込んでしまう母親は少なくないらしい。「あまり深く悩まず、まずは連絡してほしい」と呼び掛ける。
公園は閉鎖され子どもの遊び場がかなり限られたものになっている現実もある。
撮影:南龍太
発足17年目を迎えたシングルマザーの会の会員は現在50人ほど(年会費5ドル)。既に帰国したり、子どもが自立したりして退会した人も含めるとのべ100人以上に上る。
バックグラウンドはさまざまで、円満に離婚したケースもあれば、夫のDVから逃れてきた母親、「行ってらっしゃい」と笑顔で送り出した夫をその日に不慮の事故で亡くした母親、夫と別れたことを子どもに告げられずにいる母親、選択的シングルマザー(Single mother by choice)として妊娠前から自らの意志により一人で産み育てることを決めた母親。「別れ方や子どもとの向き合い方、子の年齢も人それぞれで、抱える悩みはさまざまです」
私たちはサバイブしてきた
ニューヨーク日本人シングルマザーの会代表・青木貴美さん。広島県出身。ニューヨーク州認定心理療法士、心理カウンセラー。1986年渡米、ニューヨーク市立大学で心理学専攻、ニューヨーク大学大学院でソーシャルワークの修士課程修了。2004年にシングルマザーの会(Mimozaの会)設立。
青木さん提供
「現状、大変は大変です。異国に暮らすシングルマザーであればなおさらです。でも、私たちが悲惨だとか、かわいそうだとか、そんなことはないです」
と青木さんは強調する。気持ちを吐き出し、分かち合うことで楽になり、また互いの経験を生かす、そんな力強い結束力や連帯感がある。
「死別や離婚を乗り越えてきた、たくましいメンバーです。サバイブしてきました」
12日の会でも「子どもが勉強しなくて困る」といった悩みに「子ども同士をZoomとかオンラインでつなぐと、いい刺激になって勉強するようになるよ」とか、「自分も独りきりになる時間が大切だよ」と参加者同士でアイデアを持ち寄り、励まし合う。
心配なのは、「周りに頼れる人がいない、独りで苦しんでいるシングルマザー」であり、「そういう人がいれば是非連絡してください」と青木さんは話す。
ニューヨークの日本人シングルマザーが抱える悩みは、頼れる身寄りが少ない分、日本のシングルマザーより深刻な面もあるだろう。増え続ける感染者と強まる外出制限、見通せない展望が、問題に拍車をかけている。
対面で人と会えないからこそ、目に見えないさまざまなつながりが新たに生まれやすい今である。
「あなたは決して独りじゃない」
会のドアは常に開いている。
南龍太(みなみ・りゅうた):東京外国語大学ペルシア語専攻卒。政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者。経済部で主にエネルギー分野を担当。現在ニューヨークで移民・外国人、エネルギー、テクノロジーなどを中心に取材。著書に『エネルギー業界大研究』『電子部品業界大研究』。
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April 20, 2020 at 03:27AM
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