新型コロナウイルスの感染拡大は、ナイトライフの世界に壊滅的な影響を与えている。だが、この世界で働く人たちは、行政による救済は期待できないと口々に言う。クラブや機材レンタル会社の経営者、DJ、バーテンダー、エージェント──。ニューヨークのナイトライフを支える人々は、どうにか自分たちの手でこの危機的状況を生き延びようと、さまざまな道を模索している。
TEXT BY NATHAN TAYLOR PEMBERTON
TRANSLATION BY MUTSUMI FUNAYAMA
新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、ニューヨーク市はバーやレストラン、イヴェント会場など約25,000軒に一時営業休止を要請した。しかし、その発表の48時間前の段階で、市内のエレクトロニックミュージックのコミュニティは、すでにシャットダウン状態にあった。ブルックリンとマンハッタンのクラブは3月12日午後から次々に閉店を決定し、近日中に予定されているイヴェントを立て続けにキャンセルしたのだ。
このような決定をした店には、ブルックリンのダンスミュージックやコミュニティのための大規模スペースとして最も信頼されている、Good RoomやNowadays、Elsewhereも含まれていた。ゴーワヌスにあるPublic Recordsは、当初こそ営業の継続と顧客への「イミューンブースター」と呼ばれる免疫増強を謳うサプリの提供を発表していたが、当面は週末のイヴェントをキャンセルすることを選んだ。
どのクラブも、顧客とアーティストたちのために十分な注意を払った上で閉鎖を決定したと、ほぼ異口同音に表明している。市政府からの指導がなかったこと、それに夜遊び好きな多くのニューヨーカーたちが危機的な状況でも非常識な行動をとっていたことを考えれば、驚くべき選択だろう。完全なシャットダウンが迫るなかで、最後の週末のイヴェントからの収入をあきらめるという選択は称賛に値するし、業界の共感を呼ぶものでもあった。
仕事を失うナイトライフ界の人々
しかし、キャンセルや閉鎖の発表がInstagramの投稿やメールボックスに溢れるようになると、より小規模なクラブやパーティー、プロモーター、地元や各地を回るDJたち、ブッキングエージェント、照明アーティスト、ドア係、警備員、バーテンダーなど、単発の仕事で稼ぐ人たちが仕事をなくしたというメッセージも溢れ始めた。
これらの人々には、直近の収入もセーフティーネットも、救援策のあてもない。この状況は、ナイトライフの世界で働く人々にとって「想像もできないこと」から「ありそうもないこと」へ、そして、「まぎれもないこと」へと急速に進み、ついに現実となってしまった。
こうした労働者の大半は、記録が残らず、課税収入にならない稼ぎ方をしている。ブルックリンで生まれ育ったソフィア・センペポスの場合もそうだ。
彼女はこれまでの7年間、「Good Room」などのクラブの入り口で働き、ときにはDJをすることもあった。1回の仕事につき、収入は100ドル(約10,700円)から300ドル(約32,300円)で、ナイトライフの世界で働く多くの人たちと同様に、「ぎりぎりの生活で、家賃を払えば何も残らない」と言う。
当初は3月末までに入っている5回の仕事で、なんとか月末までやりくりできると思っていた。ところが、1日のうちにすべての仕事がキャンセルになってしまったのだ。「カレンダーが真っ白になっちゃって」と、彼女は言う。「4月4日にひとつ仕事の予定が入ってるけど、もう消しちゃったほうがいいかもしれない」
「業界全体が崩壊しつある」
いまもニューヨークのDJたちが、いつ次の仕事の予定を入れられるか先が見通せない状況にある。
米疾病管理予防センター(CDC)のガイドラインによると、人が集まる場合は10人以下であることが推奨されている。またニューヨーク市は、米国における新型コロナウイルスの感染の中心地となっていた。
不確実性が高まるにつれ、この先どうなるか見通すこともできず、ナイトライフコミュニティ全体が不安に包まれた。DJ Voicesとして活動するブルックリンのクリスティン・マロッシは、次のように話す。
「業界全体が崩壊しつあると思う。まったく前例のないことで、誰も何をすべきかわからない状態なんです。この危機が終わったときに、どんな仕事が残っているのかさえわかりません」
クイーンズのクラブH0L0のマネージャーのカーティス・ポーリーも、同様に途方に暮れている。「何と言っても計画がないこと、予想もできないということが恐ろしいんだ」と彼は言う。「救いがあるのかどうかもわからないまま、待機しているしかない。いろいろ検討されてはいるけど、実行されるころには全員が消えてしまっているかもしれない。何の予定もないから」
苦境に立たされる雇用者たち
ニューヨークのこの界隈では、「不安定さ」は身近なものだ。セーフティネットの欠如は、この世界で生きていくために払う犠牲のひとつにすぎない。取材に応えてくれた人たちの多くは健康保険に加入しておらず、失業手当を受ける資格がない。しかし、新しいアイデアや次にかける音源など「次のためのもの」を求め続けることで活気づくコミュニティにとって、現在のような突然の活動停止は特に憂慮すべきことだ。
シャットダウンによる多くの問題に対処しなければならない一方で、雇用している人々の福利も考えなければならない。だが、配慮するにしても、せいぜい事態が収束して正常に戻ったら再雇用すると約束することが精いっぱいだ。
ブルックリンの照明スタジオNitemindを経営するマイケル・ポトヴィンも、生き延びるために苦渋の決断を迫られている。3月半ばの時点では、彼は歌手のカリ・ウチスのツアーの照明を担当する予定だった。数カ月もの仕事になるはずだったが、ツアーが延期されたことで、なんとか損失を抑えようとしている状況だ。
「仕事がなくなって、スタジオの家賃をどうやって払えばいいかわからないんだ」と彼は言う。「スタッフの給料だって払えなくなる。自分が生きていくだけで精いっぱいだよ」
夜の仕事も昼の仕事も消えた
繁盛している小規模ビジネスの条件を十分に満たすナイトライフビジネスでさえ、3月半ばには運命が大きく変わってしまった。グリーンポイントを拠点とするライヴ機材のレンタル会社のSoundhouseは、この春から初夏にかけて、ニューヨーク中のクラブのバックラインやパーティー用のPAなどの注文で忙しくなる予定だった。繁忙期には約40人を雇っているが、3月11日には無期限休業となり、最低限の人数のフルタイムのスタッフだけを残して、それ以外は解雇せざるをえなかった。
「現在の状況によって打撃を受けている企業のケーススタディのようなものです。ぼくたちのビジネスは文字どおり、人が集まることで成り立っていますから」とSoundhouseのマネージャーのひとりで、DJとしても活動するアンドリュー・デヴリンは言う。
デヴリンによると、Soundhouseの従業員の約9割はDJやアーティストで、この会社の安定した給料に頼りにしているという。「多くはここで週3日働いて、ギグやレコーディング、パフォーマンスをしています」。こうした人々は、二度も足をすくわれたことになる。夜のパフォーマンスも、昼の仕事もなくなってしまったのだ。
デヴリンは、市か連邦政府のどちらかから財政援助を受けることができるだろう楽観的に考えていた。しかし、そうだとしても、その資金は会社の最も喫緊の経費に使われる可能性が高く、パートタイムの従業員のために使われることはないだろう。取材に応えてくれたナイトライフの世界で働く人たちのほとんどは、市政府が個人に対して、あるいは制度として救済してくれることはないだろうと考えていた。
NY市「ナイトライフ局」の対応
ニューヨーク市政府はここ数年、ナイトライフコミュニティを擁護する努力をしてきた。時代遅れの規則や厳しい規則の廃止に加えて、ナイトライフ局を設置したり、ナイトライフメイヤー(夜の市長)を任命したりもした。
しかし、この“ナイトライフ支持宣言”も、新型コロナウイルスによる危機的状況によって大きな難題に直面している。「まるで侮辱されているみたい」と、クラブで働いていたセンペポスは言う。「わたしたちと話す必要があると思う。わたしたちの声を聞くと言ってほしいし、支持していると言ってほしいんです」
市のナイトライフ局が3月17日時点でまとめた調査結果が、ソーシャルメディアを通じてナイトライフと関連サーヴィスの労働者の間で広まり始めている。この種のフリーランス労働者たちが非常に厳しい経済情勢に直面していることを市が公式に認めてはいないものの、この結果はそれに準ずるものといえるだろう。
ナイトライフ局を管轄する市長付きのメディア&エンターテインメント局広報担当者のエドワード・レワインは、ナイトライフの労働者や企業のための救済措置が進行中か、あるいは検討されているか、という質問への回答を避けている。だが、ニューヨーク市政府の小規模企業サーヴィス部を通じての財政支援が可能であることには言及した。
「ナイトライフ局は、ナイトライフコミュニティの要求を最優先にするため、ナイトライフ関係の企業、労働者、あらゆるレヴェルの政府関係機関と連絡をとっている」と、ルワインは「Pitchfork」の取材に対して語っている。
自分たちの手でできること
ナイトライフのコミュニティは、ただ市政府の動きを待つのではなく、独自の支援活動を始めている。閉店や従業員の解雇を発表する多くのソーシャルメディアの投稿には、モバイル決済アプリ「Venmo」や「Cash App」のリンクがつけられている。ナイトライフのフリーランサーへの支援を呼びかけるGoFundMeのページでは、寄付を募り始めている。
DJでありテクノロジー業界の技術者でもあるアリス・カリアーはInstagramで、突然仕事を失った人たちのための求人情報を掲載する「techno4hire」というアカウントを立ち上げ、あっという間に2,000人近いフォロワーを獲得した。
「ナイトライフのコミュニティに対する多くの誤解があるんです」と、カリアーは言う。「ここは、伝統的な職場やテック関係の職場でさえ居心地が悪いと感じる人たちのコミュニティです。社会的に排除された人々やトランスコミュニティ、有色人種の人たちが、安定した安全な仕事を見つけてきた場所なんです。ただ、政府が助けてくれると信じていいのかは、わかりません」
エレクトロニックミュージック・コレクティヴでエージェンシーでもあるDiscwomanの共同創立者クリスティン・マッカレン=トランも同様の考えだ。「政府機関は、これまで社会的に排除された人たちの声に耳を傾けてこなかった」と彼女は言う。「これらの機関には、エラーやカオスが存在する余地はありません。なので、わたしたちは自分たちが来月なんとかやっていけるように、自分たちで急いでインフラをつくり上げようとしてるんです」
マッカレン=トランとNitemindのマイケル・ポトゥヴィンは3月15日の日曜、「harrisonplace.nyc」という9時間にわたるデイタイムでの配信限定のパーティを開催した。9人の地元DJをフィーチャーし、各自のプレイ中にはときおりVenmoとPaypalのリンクが画面上に現れ、視聴者は直接支援できるようになっていた。
「自分たちのスペースがなくなってしまうことへの恐れから開催したんです」とマッカレン=トランは言う。「いまはもう、実際に集まってつながりを感じられるスペースはないかもしれない。でも、このストリーミングでのパーティーは、純粋にわたしたちのスペースだと感じられました」
いま「配信」することの意味
ブロードバンドを利用してわたしたちの家にライヴ演奏を届けようと全力を注ぐアーティストやクラブは、ますます増えている。
Nowadaysは3月13日の夜から、DJセットとワークショップ(ターンテーブルとカートリッジのセットアップ方法に焦点を当てた回もあった)のライヴストリーミングを始めた。また、夜8時から深夜まで1週間配信するイヴェントも計画している。
3月15日夜の配信が終わりに近づくころ、Nowadayの共同創立者ジャスティン・カーターは電話に出るなり「クソ疲れたよ」と言って話し始めた。カーターは配信をうまく軌道に乗せるべくスタッフとともに働きながら、どうにかクラブをつぶさずに済む方法を探している。
この月の経費分だけでも捻出しようと、Nowadayはクラウドファンディング・プラットフォーム「Patreon」のアカウントを立ち上げ、すでに1,500人を超える支援者を集めた。しかし、カーターの話では、まだ経費を払うにはまるで足りず、ほかの多くのクラブと同様に、ドア係やバーテンダーとして時間給で働くスタッフの給料を払えないでいるという。
それでも、ライヴストリームが寄付や注意を集めるための手段以上のものであるとわかったと、カーターは言う。「生き残れるかどうかの問題なんだ。新型コロナウイルスによる危機で人々は精神的な負担を負ってるけど、このプロジェクトが気晴らしになってると思う。『音楽こそが答えだ』って声も聞こえてくるよ」
そして、笑いながら言う。
「そこまで信じられるかどうかはわからないけど、音楽が何らかの救いを与えてくれるって信じてる。このスペースを中心に成長してきたコミュニティがあって、それがみんなの人生にとって重要であること、そしてスタッフもみんなにとって意味のある存在であること、それはわかってる。そう考えると、気分がよくなるんだ」
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May 21, 2020 at 05:00PM
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